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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)12037号 判決 1987年5月29日

原告 船山真之

<ほか一三六名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 大谷恭子

同 虎頭昭夫

同 黒田純吉

被告 国

右代表者法務大臣 遠藤要

右指定代理人 杉山正己

<ほか五名>

被告 東京都

右代表者知事 鈴木俊一

右指定代理人 小林紀歳

<ほか二名>

被告 中曽根康弘

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告らに対し、各金五万円及びこれらに対する昭和六一年一二月三日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告国)

1 原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(被告東京都)

1 原告らの被告東京都に対する請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 仮執行免脱宣言

(被告中曽根康弘)

1 原告らの被告中曽根康弘に対する請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (本件事業認可処分及び本件売払い行為に至る経緯)

(一) 被告中曽根康弘(以下「被告中曽根」という。)は、昭和五七年一一月から内閣総理大臣の地位にある者であるが、民間活力の導入による都市再開発として国有地を民間業者に払い下げることを企図し、昭和五八年八月大蔵省理財局長西垣昭に、同局長の私的諮問機関として「公務員宿舎問題研究会」を設置させた。

(二) 昭和五八年九月一九日、同研究会は、「都心における公務員宿舎の高層化による用地の有効活用について」と題する報告書を提出したが、右報告書の中で同研究会は、東京都新宿区百人町三丁目所在の国家公務員宿舎新宿住宅及び西戸山住宅を検討の対象とし、新宿住宅地区に、三六階建住宅二棟及び四階ないし七階建住宅四棟(合計約六七〇戸)を、西戸山住宅及び近隣地区に、四階ないし一四階建ひな段式住宅一棟(合計約四〇〇戸)をそれぞれ建設する構想を示し、右構想実現のため、多くの適格な民間企業が参加した民間企業連合体を事業主体とし、右民間企業連合体が都市計画事業の認可を受けて事業を実施する方法を提言した。

(三) 被告中曽根は、昭和五八年一二月二二日、右研究会報告を実現するために、右研究会構成メンバーを中心に新宿区・西戸山地区における住宅の建設及び販売等を営むことを設立の目的とする新宿西戸山開発株式会社(以下「本件会社」という。)を設立させた。

(四) ところで、本件会社が、右国家公務員宿舎新宿住宅の敷地(以下「本件土地」という。)を随意契約によって取得するためには、本件土地が行政財産から普通財産に変更され、本件土地における住宅建設が都市計画法上の事業となり、本件会社がその施行者となることが必要であったが、まず、被告中曽根は、本件会社を通じて、都市計画事業認可を受ける前提となる都市計画法上の諸手続を実現するため、東京都及び新宿区に次のとおり働きかけた。

(1) 本件土地における住宅建設は、都市計画法一一条一項八号に規定する「一団地の住宅施設」として都市計画決定されることが必要であったが、本件会社は、被告中曽根の意を受け、本件土地における具体的な建設計画案を作成し、新宿区に提出して「一団地の住宅施設」の都市計画決定を行うよう働きかけ、これを受けた新宿区長は昭和六〇年一一月一二日、右の決定をしたうえ、東京都新宿区告示第一六三号をもって「一団地の住宅施設」の都市計画を告示した。

(2) また、本件土地は、第二種住居専用地域の防火地区で、第二種高度地区の指定を受けていたことから、高層住宅を建設するためには都市計画法八条二項二号へに規定する「特定街区」として都市計画の決定がされることが必要であったが、本件会社は、被告中曽根の意を受け、本件土地の開発計画を策定し、「特定街区」についての都市計画の決定を行うよう東京都知事鈴木俊一(以下「都知事」という。)に働きかけ、都知事は昭和六〇年九月二五日、「特定街区」の都市計画決定を行い、同年一一月一二日その旨告示した。

(五) 被告中曽根は、内閣総理大臣としての大蔵省に対する指示権限を利用し、次のとおり本件売払い行為の前提条件を整えさせた。

(1) 大蔵省関東財務局長冨尾一郎(以下「関東財務局長」という。)は、昭和五九年一〇月三一日、東京都都市計画局長の照会に対し、いまだ本件土地が公共の用に供されている行政財産であったにもかかわらず、本件土地に超高層住宅が建設されることを前提とした「特定街区」の都市計画決定がなされることに同意した。

(2) 大蔵省関東財務局は、昭和五九年一一月、いまだ何ら都市計画の決定がなされていなかったにもかかわらず、都市計画事業施行者になっていなかった本件会社とともに、本件土地上に高層住宅を建設することについて周辺住民に対する説明会を開いた。

(3) 大蔵省は、昭和六〇年二月、国家公務員宿舎新宿住宅に居住していた公務員及びその家族を退去させたうえ、本件土地を国家公務員宿舎用地に供することを廃止して、行政財産から普通財産に転換した。

(4) 関東財務局長は、昭和六〇年一〇月二八日、国有財産関東地方審議会に対し、本件会社が都市計画法五九条に基づく都市計画事業施行者としての認可を申請していなかったにもかかわらず、本件会社が右認可を受けるのであれば本件土地を本件会社に売却してよいかどうかを諮問し、同審議会は同年一一月一四日、本件会社が右認可を受けるのであれば本件会社に売却することを適当と認める旨の答申をした。

(六) 本件会社は昭和六〇年一一月一五日、都知事に対し、都市計画法五九条四項に基づく都市計画事業の認可を申請し、都知事は同年一二月二七日、本件会社に対し、都市計画事業の種類及び名称「東京都市計画一団地の住宅施設事業・百人町三丁目一団地の住宅施設」の事業認可処分(以下「本件事業認可処分」という。)を行い、同日東京都告示第一三四九号をもってその旨告示した。

(七) 関東財務局長は昭和六一年一月一三日、国有財産法九条一項、普通財産取扱規則四条に基づき、会計法二九条の三第五項、予算決算及び会計令九九条二一号の随意契約により、本件会社に対し本件土地を代金一四九億円で売り払う旨の契約をした(以下「本件売払い行為」という。)。

2  (本件事業認可処分及び本件売払い行為の違法性)

(一) (本件事業認可処分の違法性)

(1) (公共性の不存在)

都市計画事業の認可がなされるためには、当該事業が都市計画法の目的(同法一条)及び基本理念(同法二条)に沿い、また、施行者に土地収用権が付与されることを併せ考えると当該事業に高度の公共性があり、土地収用法との均衡上、同法二〇条各号の要件を満たすものでなければならないが、本件事業認可処分は本件土地を本件会社が随意契約によって取得するための単なる方便・手段としてなされたものであり、しかも、民間企業による都心における高層住宅の建設・販売は、高額化によって庶民には無縁なものとなるが事業所化することによって住宅となりえなくなるかのどちらかであるのが通常であるから、本件事業認可処分には一切の公共性はない。

(2) (都市計画法五九条四項に違反する処分)

公的機関以外のものが都市計画事業の施行者となるためには、「事業の施行に関して行政機関の免許、許可、認可等の処分を必要とする場合においてこれらの処分を受けているとき、その他特別な事情がある場合」であることを要するが、本件会社は本件都市計画事業の施行に関して行政機関の免許等の処分は受けておらず また、前述のとおり、民間企業である本件会社の営利事業として行われる高層住宅建設には都市計画事業としなければならないような公共性はなく、右要件に該当する特別な事情は全くないのであるから、本件事業認可処分は都市計画法五九条四項に違反する違法な処分である。

(3) (施行者としての適格性の欠如)

本件会社は本件土地を取得しないかぎり事業を一切遂行しえない会社であり、本件事業認可処分がなされてはじめて本件土地を取得することが可能となったのであるから、本件事業認可処分時には施行者としての能力を有していないことは明らかであり、本件会社に施行者としての能力がないのにもかかわらずなされた本件事業認可処分は違法である。

(4) (脱法行為としての処分)

本件事業認可処分は国有財産の処分についての厳重な法的規制をくぐり抜け、本件土地を本件会社に随意契約により売り払うための脱法的手段として行なわれたものである。

(二) (本件売払い行為の違法性)

(1) (公共性の要件のない随意契約)

国有財産の処分について会計法は、売買その他の契約をする場合は「公告して申込みをさせることにより競争に付さなければならない」(同法二九条の三第一項)として、競争入札を原則とし、例外的に「契約による予定価格が少額である場合その他政令で定める場合」は随意契約によることができるとしている(同条五項)。そして、「政令で定める場合」については、予算決算及び会計令九九条において「公共用、公用又は公益事業の用に供するため必要な物件を直接に公共団体又は事業者に売り払い又は貸し付けるとき」は随意契約が可能であるとし(二一号)、不公平、不透明なことがないよう慎重な手続を規定している。

しかるに、本件売払い行為は前述のとおり何ら公共性がないのにもかかわらずなされたものであるから、右各法条に違反する違法な行為である。

(2) (低廉な価格による売却)

本件土地の取引価格はその規模、場所、交通の利便などを考慮すると一平方メートルあたり二〇〇万円を下らないが、関東財務局長は本件土地を一四九億円、一平方メートルあたり七九万八〇〇〇円で売却しており、これは不当に低廉な価格による売却であって、本件売払い行為は競争入札により適正な価格で売却することを予定している会計法二九条の三第一項に違反する。

(3) (公の財産の使用についての制限違反)

本件売払い行為は営利を目的とした本件会社に低廉な価額で国有地を払い下げるものであって、憲法八九条の趣旨及び同法八三条が保障する国民財政中心主義に違反するものである。

(三) (本件売払い行為の処分性)

本件売払い行為は前述のとおり、本件会社が本件土地を取得し、都市計画事業として高層住宅を建設するための一連の処分、行為の中で行なわれたものであるから本件事業認可処分とは不可分一体のものであり、しかも、本件土地は前述のとおり、昭和六〇年二月一日に用途廃止され、行政財産から普通財産に転換されるまで国家公務員宿舎新宿住宅の敷地として現実に使用され、いまだ右住宅の耐用年数が来ていなかったのにもかかわらず、本件会社に随意契約によって売り払うことを目的として右用途廃止及び普通財産への転換がされたうえ、本件売払い行為がなされたのであるから、本件売払い行為は関東財務局長の公権力の行使としてされたというべきである。

3  (被告らの責任)

(一) 関東財務局長は被告国の公務員であり、本件売払い行為は関東財務局長がその職務を行うについてなしたものであるから、被告国は、国家賠償法一条に基づき、関東財務局長のなした違法な本件売払い行為により生じた損害を賠償すべき義務を負う。

(二) 都知事は被告東京都の公務員であり、本件事業認可処分は都知事が国の委任に基づきその機関としての地位で事務を行うについてなしたものであるから、被告東京都は、費用負担者として国家賠償法三条一項に基づき、都知事のなした違法な本件事業認可処分により生じた損害を賠償すべき義務を負う。

(三) 被告中曽根は本件土地売却の提唱者であり、関東財務局長らに対し指示ないし働きかけることによって本件会社に対する本件土地の売却を実現させたものであるからこれにより生じた損害を賠償すべき義務を負う。

4  (避難広場指定住民の被る具体的不利益)

(一) 東京都は東京都震災予防条例に基づき、震災に備え避難場所を指定・告示しているが、「百人町三丁目」の総面積二〇万三二〇〇平方メートル(有効面積五万〇八〇〇平方メートル)は番号二〇の避難場所として指定・告示されており、北新宿四丁目、中落合一、四丁目、百人町三、四丁目、中井一、二丁目、高田馬場三丁目の一部、同四丁目の一部、下落合一丁目の一部、上落合一、二、三丁目の合計一三町丁が避難割当て町丁とされ、四万六五〇〇人が緊急時に避難することが想定されている。

(二) 本件土地は右避難場所の東部に位置するものであるが、本件事業認可処分に基づいて建設される超高層住宅は、震災時には火災の発生、ガラス等の落下などの危険が想定されるのであるから、「震災時に避難者の安全性を著しくそこなうおそれのある施設が存在しないこと」とされている避難場所の指定条件にいう避難者の安全性を著しくそこなうおそれのある施設であるか、これに準ずるものというべきであり、また、超高層住宅の建設により、避難場所の有効面積は、現在の一人当たり一・〇九平方メートルから、右住宅建設による人口増をも想定すると一人当たり一・〇平方メートルの基準面積以下に減少することが予想され、さらに、当該土地全体が右のとおり避難場所としての機能を失うと考えると人口増を考慮しないでも〇・六八平方メートルまで減少するのであるから、右避難場所の防災機能は著しく低下し、右避難場所を指定された前記一三町丁の住民にとっては生命の安全に関わる重大事となる。

5  (原告らの損害)

原告らは肩書地に居住する日本国民であり、いずれも国有財産の維持・管理が適正になされることに強い関心を有しているものであるが、国有地であった本件土地が被告中曽根の主導により一民間企業の営利のために払い下げられたことによって、前述のとおり、避難場所の防災機能の低下という具体的な不利益を被ったうえ精神的打撃を受けたが、本件事業認可処分ないし本件売払い行為による右精神的打撃を慰謝するには各原告当たり少なくとも金五万円を下らない賠償を必要とする。

よって、原告らは、被告ら各自に対し、慰謝料として各金五万円及びこれらに対する不法行為の後である昭和六一年一二月三日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

(被告国及び被告中曽根)

1(一) 請求原因1(本件事業認可処分及び本件売払い行為に至る経緯)(一)の事実のうち、被告中曽根が昭和五七年一一月から内閣総理大臣の地位にある者であること及び昭和五八年八月大蔵省理財局長の研究会として「公務員宿舎問題研究会」が設けられたことは認め、その余は否認する。

(二) 同(二)の事実のうち、昭和五八年九月一九日、同研究会が「都心における公務員宿舎の高層化による用地の有効活用について」と題する報告書を提出したことは認め、その余は否認する。

(三) 同(三)の事実のうち本件会社が昭和五八年一二月二二日設立されたこと及びその設立の目的の一部が「新宿・西戸山地区における住宅の建設及び販売等を営むこと」であることは認め、その余は否認する。

(四) 同(四)の事実のうち、頭書部分の後段は否認する。(1)のうち、新宿区長が昭和六〇年一一月一二日東京都新宿区告示第一六三号をもって「一団地の住宅施設」の都市計画決定を告示したことは認め、その余は不知。(2)のうち、本件土地が第二種住居専用地域の防火地区で第二種高度地区の指定を受けていること及び都知事が昭和六〇年一一月一二日「特定街区」の都市計画決定を告示したことは認め、その余は不知。

(五) 同(五)の事実のうち、頭書部分は否認する。(1)のうち、関東財務局長が東京都都市計画局長の照会に対し昭和五九年一〇月三一日「特定街区」の都市計画決定がなされることに同意したことは認める。(2)のうち、昭和五九年一一月当時、本件土地について都市計画の決定がなされていなかったこと及び本件会社が都市計画事業施行者になっていなかったこと並びに大蔵省関東財務局が昭和五九年一二月に本件会社とともに周辺住民に対する説明会を行ったことは認める。(3)及び(4)はいずれも認める。

(六) 同(六)の事実は認める。

(七) 同(七)の事実は認める(ただし、代金は立木竹等を含め一四九億四九六五万五〇〇〇円である。)。

2(一) 同2(本件事業認可処分及び本件売払い行為の違法性)(一)(本件事業認可処分の違法性)については本件事業認可処分と本件売払い行為とは法律的に違法性の承継はないので認否しない。

(二) 同(二)(本件売払い行為の違法性)及び(三)(本件売払い行為の処分性)はいずれも争う。

なお、原告らが被告国に対する損害賠償請求の対象として主張する行為である本件売払い行為は、会計法二九条の三第五項に規定する随意契約としての普通財産の売買契約であり、その手続において会計法等の行政法規の規制を受けているものの、その性質は私法上の行為(売買契約)であり、私人間の売買契約と異ならないのであるから、純然たる私経済作用として国家賠償法一条一項にいう「公権力の行使」にあたらない。

3(一) (被告国)

同3(被告らの責任)(一)は否認する。

(二) (被告中曽根)

同3(三)は否認する。

4 同4(避難広場指定住民の被る具体的不利益)は否認する。

避難場所の指定によって当該指定された土地の処分、利用は何ら制限されるものではなく、避難場所の指定・告示は付近の住民等都民に対し大震火災時の避難場所をあらかじめ周知させておくことを目的とした措置であり、これにより付近住民等に対して当該指定された場所が避難場所として将来にわたり利用できることを保障する等の措置ではなく、何ら権利又は法的利益を付与するものではない。

5 同5(原告らの損害)は否認する。

(被告東京都)

1(一) 請求原因1(一)の事実のうち、被告中曽根が昭和五七年一一月から内閣総理大臣の地位にある者であること及び「公務員宿舎問題研究会」が設けられたことは認め、その余は不知。

(二) 同(二)の事実のうち、昭和五八年九月一九日、同研究会が「都心における公務員宿舎の高層化による用地の有効活用について」と題する報告書を提出したことは認め、その余は否認する。

(三) 同(三)の事実のうち、本件会社が昭和五八年一二月二二日設立されたこと及びその設立の目的の一部が「新宿・西戸山地区における住宅の建設及び販売等を営むこと」であることは認め、その余は不知。

(四) 同(四)の事実のうち、頭書部分は不知。(1)のうち、新宿区が昭和六〇年一一月一二日東京都新宿区告示第一六三号をもって「一団地の住宅施設」の都市計画決定を告示したことは認め、その余は不知。(2)のうち、本件土地が第二種住居専用地域の防火地区で第二種高度地区の指定を受けていること及び被告東京都(都知事ではない。)が昭和六〇年一一月一二日(同年九月二五日ではない。)、「特定街区」の都市計画決定を行い、同日告示したことは認め、その余は不知。

(五) 同(五)の事実のうち 頭書部分は不知。(1)のうち、関東財務局長が東京都都市計画局長の照会に対し、昭和五九年一〇月三一日「特定街区」都市計画決定がなされることに同意したことは認め、その余は不知。(2)及び(3)はいずれも不知。(4)は認める。

(六) 同(六)の事実は認める。

(七) 同(七)の事実は認める。

2 同2(一)(1)(公共性の不存在)は争う。(2)(都市計画法五九条四項に違反する処分)のうち、本件会社が本件都市計画事業の施行に関して行政機関の免許等の処分を受けていないことは認め、その余は否認する。(3)(施行者としての適格性の欠如)及び(4)(脱法行為としての処分)はいずれも否認する。

3 同3(二)は否認する。

4(一) 同4(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実のうち、避難場所の指定にあたっては「避難場所の内部において震災時に避難者の安全性を著しくそこなうおそれのある施設が存在しないこと」が条件であることは認め、その余は不知。

都知事の避難場所の指定は東京都震災予防条例三七条に基づくものであるが、右指定は東京都民一般に対して震災の発生を未然に防止し、その被害を最小限にくいとめるという公共の利益の確保のためになされているものであって、これによって個々の東京都民ないし近隣住民に対して個別的具体的な権利・利益を付与しているものではない。

5 同5は否認する。

三  被告らの主張

1  (被告国)

国家賠償法に基づく損害賠償責任が認められるためには法益侵害のために不利益を被ることを要するところ、本件売払い行為によって、本件土地について何ら法的権利又は利益を有しない原告らに具体的な法益侵害、損害は発生せず、したがって、原告ら主張の精神的打撃は慰謝料の支払をもって救済すべき損害にあたらないから、原告らの請求は主張自体失当である。

2  (被告東京都)

国家賠償法に基づく損害賠償責任は具体的な権利又は法的利益の侵害があって初めて認められるものであるところ、原告らはいずれも本件土地について何らの権利又は法的利益を有していないのであるから、本件事業認可処分等によって具体的な権利又は法的利益の侵害を被ることはありえず、したがって、原告ら主張の精神的打撃は法律上慰謝料の支払をもって保護されるべき損害にあたらないから、原告らの請求は主張自体失当である。

3  (被告中曽根)

公権力の行使にあたる国の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失により違法に他人に損害を与えた場合には、国がその賠償の責めに任ずるのであって、公務員個人はその責任を負わないというべきところ、原告らは被告中曽根が内閣総理大臣として行った職務行為によって損害を被った旨主張しているのであるから被告中曽根に対する請求は理由がない。

仮に、原告らの被告に対する本訴請求が、同被告の公権力の行使としての職務行為にあたらない行為を対象として損害賠償を求めるものであるとしても、原告らの主張は、原告らが国有財産の維持・管理が適正になされることに強い関心を有しているところ、同被告のした行為により、それが侵害され、精神的打撃を受けたから、その損害賠償を求めるというものであり、右関心は、極めて不特定かつ抽象的なものであって、不法行為法による保護の対象となる利益にあたらないから、原告らの請求は主張自体失当である。

四  被告らの主張に対する原告らの認否いずれも否認する。

理由

一  請求原因事実のうち、都知事が本件会社に対し本件事業認可処分を行った点及び関東財務局長が本件会社に対し随意契約により本件土地を売却した点は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そもそも、本件において、国家賠償法一条一項、三条一項ないし民法七〇九条に基づく損害賠償責任が認められるためには、被告らの違法な行為によって原告らの権利ないし法律上保護に値する利益が侵害されたことが必要であるから、まず、本件事業認可処分ないし本件売払い行為によって原告らの権利ないし法律上保護に値する利益が侵害されたといえるか否かについて判断する。

原告らは、この点について、本件土地を含む百人町三丁目の避難場所を震災時における避難場所として指定されている避難割当て町丁一三町丁の住民四万六五〇〇人は、本件事業認可処分及びそれに基づいて建設される超高層住宅により右避難場所の防災機能が低下するため具体的不利益を被った旨主張するので、この点につき検討する。

東京都震災予防条例(昭和四六年一〇月二三日東京都条例第一二一号)は、一条三号において、避難場所の定義として、「危険地域及びその他の地域にあって、住民が避難することができる安全な場所として知事が指定する場所をいう。」と定め、三七条一項において、「知事は、震災の発生時に都民を安全に保護するため必要な避難場所の確保に努めなければならない。」として、都知事に避難場所の確保に努めることを求めている。そして、避難場所の条件としては、東京都震災予防条例施行規則(昭和四七年四月一日東京都規則八五号)六条に「周辺の市街地構成の状況から大震火災時のふく射熱に対して安全な面積を有する場所であること。」(一号)と「避難場所の内部において震災時に避難者の安全性を著しくそこなうおそれのある施設が存在しないこと。」(二号)とが要求されているが、それ以外に避難場所の指定に際しての条件について定めた規定はなく、また、避難場所の指定の手続においても、知事は避難場所の指定にあたっては都民の意見を聞くことに努めなければならず、都民の意見を聞いたときはこれを施策に反映するように努めなければならない(同条例五一条)、知事は避難場所を指定したときはすみやかに告示しなければならない(同施行規則八条)とされているのみであって、都民が避難場所の指定もしくは指定の取消・変更等を求めることを認める旨の手続規定は存在しない。

右条例は、東京都を地震による災害から守る必要性を指摘した上で、都知事を始めとして都民及び事業者を含めた関係者の努力により地震による災害を未然に防止し、被害を最少限にくいとめることを目的とするものであり、前記条例三七条一項の規定も、都知事の行政上の責務の目標を具体的に示したものにとどまるものと解され、避難場所の指定に関する前記各規定も、避難場所の指定を東京都民一般に対する公共の利益の確保としてとらえているものであって、当該避難場所の避難割当て町丁居住者その他の都民に対して個別的・具体的な権利利益を付与しこれを保護しているものではなく、避難場所を利用できる立場にあるという利益は、避難場所の指定が、地震による災害を未然に防止し被害を最少限にくいとめるという公共の利益のためになされた結果生じた反射的利益にすぎず、さらにそれが地震の発生という不確定な事態とかかわるものであることなどを併せ考えると、避難場所について原告らの主張する利益は、国家賠償法ないし不法行為法による保護の対象となる利益にあたらないと解される。

したがって、仮にそれに対する侵害があったとしても、それを根拠に損害賠償請求をすることは許されないといわねばならない。

さらに、原告らは、肩書地に居住する日本国民であり、いずれも国有財産の維持・管理が適正になされることに強い関心を有していたところ、本件事業認可処分ないし本件売払い行為によって、それが侵害され、精神的打撃を受けた旨主張するので、この点につき検討するに、右関心は極めて不特定かつ抽象的なものといわざるを得ず、到底これを法的な利益と認めることはできず、また、これを法的保護の対象となる利益とすることを窺わせるような法令上の規定もない。それゆえ、右関心は、国家賠償法ないし不法行為法による保護の対象となる利益にあたらないから、仮に本件事業認可処分ないし本件売払い行為によって原告らが精神的打撃を受けたとしても、原告らの主観的感情が害されたということ以上に原告らの権利ないし法律上保護に値する利益が侵害されたということはできない。

結局、原告らの全主張を検討しても、本件事業認可処分ないし本件売払い行為によって原告らの権利ないし法律上保護に値する利益が侵害されたと解することはできないのであるから、原告らの主張は主張自体失当であるといわざるを得ない。

三  よって、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小倉顕 裁判官 渡邉了造 岩坪朗彦)

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